こんにちは。ぷぷるです。

 

私が最初に自分を傷つけたのは小6の頃でした。

その後、中学で付き合っていた男からDVされながらマインドコントロールされて、

自分自身を否定し続けていくうちに自傷行為もエスカレートしていき、

ほぼ毎日どこかしら切ってました。

 

その地獄からは運良く解放され、一旦は落ち着いたのだけど。

 

 

高校生の時

唯一と言ってもいいほど私の心の拠り所となっていた大切な人を亡くし、生きている意味がわからなくなってまた毎日のように自分を傷つけるようになります。

段々痛みもあんまり感じにくくなって深くなっていきました。

 

 

今から20年以上前の話です。

やめてからも10年以上経ってます。

しかし傷跡はたくさん体に残ったままです。

振り返ってみて今の私が言えること、書いてみます。

 

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はじめに

1990年代当時はまだ「うつ」や、今ではみなさんご存知の心の病について現在ほどメジャーではなく、知識がない人がほとんどでした。私も含め。

 

 

苦しみながらも周囲の人たちに助けられ10年ほどかけて自傷行為(リストカットや腕などを自ら刃物で傷付ける)を完全にやめることがてきました。

 

お医者さんにかからず心の病と自傷行為とどう向き合ってきたのか。

 

私は専門家ではありませんし、今では気軽に病院にかかることもでき

メンタルクリニックに通うことも恥ずかしくない世の中になりました。

 

でも実体験として

私がお話できることもあるのではないかと考え、当時の思いなど書いておこうかと思います。

 

※読むのがしんどくなったら途中でやめてくださいね。

 

他人の優しさを信用できなかった

当時の私は人を信じる事ができなくて。

優しい言葉をかけてくれたとしても、

 

ホントは迷惑だと思ってんじゃないか?

何かウラがあるんじゃないか?って、誰に対しても疑心暗鬼になっていました。

 

そんな私にも

「もしまた傷つけたくなったらいつでも大丈夫だから電話してきて」

と言ってくれる友人がいました。

 

 

既に習慣化していたので、だいたい夕方~夜になると1人で部屋で様々な思いが湧いてきて叫びたくなり、

叫ぶことはできないのでカッターに手が伸びてしまう。

 

 

「約束だよ。絶対に電話してきてよね」

 

という力強い声を思い出し、恐る恐る電話をかける。

出なかったらどうしよう…

出たとしてもどうしよう…

パニックになり1コールだけで電話を切ってしまう。

 

折り返しの電話が鳴る…けど出られない。

いくつも着信記録が残る。

 

本当に心配してくれてるんだ。

とりあえず、出なきゃ。

 

携帯を取り、通話ボタンを押して耳に当てるけど何も言葉が出ない。

「もしもし?どうしたー?」

「…もしかしてまた切っちゃった?

大丈夫だよ。1人じゃないよ」

 

そんな風に言葉をかけてくれて最後には

「またいつでも辛くなったら電話するんだよ」

って言ってくれた。

 

傷つけるのを止められたり、傷つけてしまったりを毎日葛藤して

友達に電話したりしなかったり、逆に私に助けを求めて電話がかかってきて、励まし合ったり。

 

幸いなことに当時そういった友達が何人かいました。

 

 

「やめなよ」と言ってくる人

やめた方がいい。

やめたい。

わかってる。

だけど切ると少しだけ落ち着く。

 

ダメだダメだと思っても止められない。

死にたいの?そうじゃない。

いや、そう思ってやってた時もある。

 

誰かにかまって欲しくて、心配して欲しくてやってるんじゃないの?

うん。確かに最初はそうだったんだけど、段々そういう気持ちじゃなくて

自分が落ち着くからって感じに変わっていった。

 

だから傷痕は誰にも気付かれないように隠してた。

 

「またやってしまった」

 

自己嫌悪。

 

 

 

ふいに見られてしまって

「なにその傷?」

「自分でやったの?」

「やめなよ」

「半袖の服着られなくなるよ」

「辛いのは今だけだよ」

 

 

 

違うんだよ。

どうでもいいんだよ。

別に一生、長袖だけ着てたっていいんだから。

てゆーか長生きするつもりないし。

明日死んだっていい。

なんにも知らないくせに。

私だってやめたいとは思ってる。

 

 

だから「やめなよ」と言われると更に追い詰められてるような気になっちゃって、

余計しんどかった。

 

 

心配して言ってくれたのかもしれないなーとか、

なんて声をかけて良いかわからなかったのかも知れないなーとか、

あまり深い意味はなかったのかもなーとか、

今ならそう思えるんだけど。

 

当時はまだそう捉える事が出来なくて。

きっと自分のこと否定ではなく寄り添って欲しかったのかもしれない。

 

だからそう言ってくる人とは距離を置いてみました。

結果それで良かったと思ってます。

 

 

相手が悪いとか私が悪いとかの話じゃなく、その時はお互いの為にその方が良かったって意味で。

 

 

すべて受け入れてくれる人もいるんだけど…

逆に私を受け入れてくれる人に対しては感情をさらけ出してしまっていました。

 

感情のコントロールが上手く出来なくなっていたので今だったら

「まず病院行ってみようか?」

ってレベルで起伏は激しいし、かと思えば何に対してもなんの感情も湧かずに無気力になったり。

 

話しかけられてるのに何も聞こえてなかったり、

短時間の間に何度も同じこと質問したりってことがあったみたいです。

 

毎日のことなので

当時そんな私と一緒にいてくれた友人、家族、彼氏にはそりゃあもう苦労をかけたと思います。

 

鬱の人のそばにいる人も鬱になる

 

というのはもう少し後で知ることになりますが。

 

 

目で見てわからない心の病。

理解してあげたい、助けてあげたいという優しさは本当にありがたい。

 

しかしそれだけではなく

そばにいる人もみんな含めての治療というか…

逃げ道や場所や何かを作っておくということが大事だと思います。

 

当事者の私が言うのもなんですが、

救ってあげたいと関わった側の人間も気付いたら同じような状態になって、共倒れということもめずらしくないからです。

 

他人に依存し過ぎない

信頼した相手には、とことん自分を知ってもらいたいと思う。

その人の言うことなら全て信じてしまう。

自分のことを知ってくれているのだから、どんな私だってゆるされるはず。

すべてにおいて自分のことを優先してくれて当然。

 

当時私はこんな風に考えていました。

その為、私の思った通りにならないとすぐに

「私は大事にされてない」とか

「必要のない人間なんだ」とかほざいていました(笑)

 

相手の生活や事情なんて無視で。

ただ単にタイミングがちょっと合わなかったってだけで。

 

そして勝手にほざいて勝手に闇に落ちて行って、

またどんどん自分や誰かを嫌いになっていきました。

 

 

そう。勝手に。

 

 

今思うと笑っちゃいます。

幼い子供が思い通りにならない!と大声で泣きわめくのと同じように。

相手の都合や思いを完全に無視で、悲劇のヒロインに自分でなって

自分で追い詰めて、わめいて、私を見て!って。

 

 

ホントは、そんなにわめかなくても愛されてたし、大事にしてくれてたのに。

 

まぁでも当時の私にはそう考えるのはちょっと難しかった。

そんな私でも全力で受け止めようとしてくれてたから。

許されてたおかげで中々気付けなかった…のかも。

 

優しい人たちに守られてたんだなぁ。

辛かっただろうなぁ。

 

 

というわけで。

自分を受け入れてくれる人の存在はとってもありがたいのだけど、

依存し過ぎはよくないな。

と、今になって思うのです。

 

それと自分の気持ちわかって!ばっかじゃなく、

相手の優しさや思いを素直に受け入れられてるか?も、振り替えってみると良い。

 

普通に相手にも都合や事情あるからね。

タイミングが合わないってだけで、

それがあなたを大事に思ってないことにイコールにはならない。

 

 

私は依存してしまっていた相手に突き放されてはじめて、こういうこと考えられるようになった。

まぁその突き放し方も優しかった。

相手を責めることで自分を見つめ直すきっかけをくれたから。

私が自分を責めることをしないように。

 

当時、私のそばにいてくれた人すべてに感謝しかないです。

 

仲間を探すより知らない世界へ

心の傷を分かり合えて共感し合える人というのは、とても心の支えになります。

「よしよし。わかるよ。私もだよ」ってやり合うことで

トゲトゲな心の中が、ゆるゆるして溶けてなくなる感じ。

 

でも

「わかるよ」って言ってるうちに

分かり過ぎて辛くなって、苦しくなって、切りたくなって。

そういうきっかけで傷つけたことも何度もあります。

 

 

当時は時代的にもネットというより、同じような経験をした人の本を探して何冊も読んだりしました。

でも読むと同じように辛くなって苦しくなって……

 

 

で、

ある時ふと気付いたんですね。

 

無意識に自傷行為仲間を探していた

って。

 

 

やめたいとか抜け出したいとか言いつつ、私が探してたのは仲間だったのかもって。

それで、やめたんですよ。仲間探し。

 

 

むしろ、

これまでの私ならやらないことはなんだろう?

行きたくない場所ってどこだろう?

って考えてやってみることにしました。

 

 

読んだことない聞いたことないジャンルの本やCDを買ってみたり。

ケータイ持たずに電車に乗って眠って、起きた駅で降りてみるとか(笑)

で、知らない人に時間とか道を聞いて知らない土地のニオイを嗅ぐの。

 

 

静かな海にもよく行ったなー

逆にものすごい人混みにも行った。

 

真逆のように思うけど実は

「自分(の悩み)なんてちっぽけだ」って思える場所だ。

 

だから今の状況から抜け出したいと思ってるなら、

仲間を探すんじゃなく

これまで興味はあったけどできなかったことや

行けなかった場所に行ってみると良い。

 

疲れるとは思うけど(笑)

きっとこれまで感じたことない気持ちを感じることができるはずだから。

そこから何か考え方にも少しずつ変化が出てくるはずだから。

さいごに

今、自己否定感などで自傷行為をしている人やその周りにいる人。

それぞれに理由があって、それは本人にしか理解できないことです。

何が正解で何が間違っているかなんてわかりかりません。

 

これをやれば辞められる!

これを言えば心が通じ合える!

みたいなものってない。

 

理解されなくて当然。

理解できなくて当然。

だからどうした?

 

だからただ、

そばにいて欲しい。

寄り添いたい。

 

その気持ちと気持ちが良い感じに、いいタイミングで合致したら通じ合えることもあるかもね。

程度に軽ーく、ゆるやかーにいてください。

 

いつか自分で気付く時がくるかも知れない。

来ないかもしれない。

 

叱って欲しいのかも知れないし

抱きしめて欲しいのかも知れない。

けどそれはわからないから、

それぞれの人生をゆるーく。

 

 

 

ぷぷるに聞いて欲しいことがあればいつでもメッセージしてね。

マイペースですが、できるだけお返事書きます。

 

 

ぷぷる

 

 

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