こんにちは。ぷぷるです。

 

これは1990年代の話です。

当時『スラムダンク』やNBAのマイケル・ジョーダン選手のブームもあり、バスケットボールは人気のスポーツでした。

それに仲良しの先輩もバスケ部にいたし、球技は好きだし得意だったので迷うことなく中学ではバスケ部に入りました。

 

しかし現実は今思い出しても気分が悪くなるような部活でした。

 

 

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バスケができない顧問

※当時抱いていた感情をあえてそのまま書いていきます。

 

男子バスケ部と女子バスケ部それぞれ顧問の教師がいました。

男子バスケ部の先生は部活中、生徒に声をかけるだけでなく一緒に練習をしたりお手本としてやって見せたりしている場面をよく見かけました。

 

でも私たち女子バスケ部の顧問の先生はいつも近くで座って見ているだけで、ボールに触れている姿すらあまり見ませんでした。

 

次第に私たち中学一年生の中で、

「あの先生、もしかしてバスケできないんじゃないの?」

という疑惑がウワサされるように。

 

 

先輩たちに聞いてみたら

「あーあの先生バスケできないよ。できないけど教えるのが上手いんだよ」

という。

 

 

本当にそうなのか?

 

 

いつも決まった場所に座り込み、そこから感情むき出しで怒鳴り散らし、ボールを投げつけてきたり。

たまに歩いたと思ったら体操服やジャージの襟口を掴まれ、ツバが顔にかかるぐらい至近距離で怒鳴ったり、ビンタで吹っ飛ばされたり。

 

「なんなんだ。あのデブメガネ野郎…バスケできないクセに。自分でやってから言えよ」

「てゆーか体に触り過ぎじゃね?」

 

襟を力強く引っ張られると服が伸び、私たちより背の高い先生からの目線だと確実に体操服の中が見えていたはず。

それ目的であえて怒鳴ったり近寄ったりしてるんじゃ…?

何かとすぐ襟掴んで引っ張るよなあの人。

 

部活中のルール

当時の女子の体操服は、上は白い半袖に下は紺のブルマ。

しかもブルマの中に体操服をインしなくてはならず、今考えると体のライン丸出しでほぼ下着みたいなもんですよ。

 

ジャージは学校指定の紺の長袖・長ズボンがありましたが、部活中はなぜかこれを着てはいけないというルール。

準備体操やストレッチ中は着てもOKだけど、それが終われば先生から

「ジャージ脱げ」と言われます。

 

先輩たちはそれが当たり前でずっとやってきてるので、疑問にすら感じず脱ぎます。

それになぜかハーフパンツ(私服)を着たまま部活をすることを許されている先輩が数人いました。

 

 

「先生のお気に入りの生徒ならブルマにならなくて良いどころか、私服も許される?

おかしくねーか?」

 

 

それ以外の生徒に対してはどんなに寒い日でも生理の日でも、

「だからどうした。今すぐ脱げ」の一点張り。

 

「脱ぐのが嫌なら帰れ」とまで言われました。

理不尽極まりないです。

練習をさぼっていたわけでも、手を抜いていたわけでもなく

ただジャージを脱いで体操服姿にならなかっただけで「帰れ」はないでしょ。

 

とにかく気持ち悪い

中学生というのは多感な時期です。

体付きも大人に近づいてきているし、男の人からの言動や行動には特に敏感にもなります。

 

そんな時に毎日部活の時間になると男性教師から「脱げ」と言われる。

 

気持ち悪っ!!

 

もうそれしかなくなりました。

 

それでも100歩ゆずって、先生がバスケをちゃんと教えてくれる人ならもう少しがんばろうと思えたかもしれない。

だけどそれもない。

 

練習メニューは先輩たちが考えてるし、技も先輩や時々男子と合同練習のときに男子バスケ部の先生に教えてもらうっていう状態。

試合をしてもただ吠えてるだけだし、

ミーティングも「自分たちでどうしたら良いか考えて動いてみろ」とか言われて、

結果が悪ければまた近距離の怒声と、襟を掴まれ引っ張られビンタが飛んでくる。

 

 

「こいつただ座ってじっと私たちを見てるだけじゃん」

「教わることは何もない」

 

 

私と一緒に入部したのは15人ぐらいだったと思う。

そのほとんどの子が同じ気持ちだった。

辞めるために起こした行動

もう部活に行くことが苦痛でしかなかったので、同じバスケ部の友達とどうやったら辞められるかを毎日話していました。

 

休む時は専用の紙が職員室にあったので、まずは用紙を貰いに行って理由を書いて。

その都度、顧問に直接渡す決まりでした。

 

それに生徒は必ず何かの部活に属していなくてはならず

退部する時も職員室にある『退部届』の用紙をもらいに行き、辞める理由と『次の部活』を記入した上で

直接顧問に渡さなくてはいけない。

 

 

友達と一緒に意を決して『退部届』をもらいに行きました。

 

 

バスケをやりたい。上手くなりたい。試合で勝ちたい。

休日でも早起きして朝練に行った。

一年生は凍らせたタオルを先輩の分も持っていけなくてはならなかったから、

前日の夜に濡れタオルを冷凍庫に入れて準備したりもした。

できなかったことができるようになったらすごく楽しかった。

一年生は球拾いや雑用の時間も多かったけど、

もっともっとバスケ上手くなりたい。

 

 

そう思って入部したはずなのに、こんな理由で辞めるなんて…

悔しさもあったけどこれ以上ガマンはしたくない。

 

 

 

顧問に怒鳴られる様子が目に浮かぶ…

また何かと理由をつけて襟を掴まれるんだろう。

退部届を破かれるかもな…

 

 

私は辞めることを決めた友達数人と、どうやったらスムーズに退部できて

且つ、あの先生をぎゃふんと言わせることができるか作戦を練った。

 

 

いざ、『退部届』をジャージのポケットに入れいつも通り部活に行った。

いつも通り準備体操とストレッチが終わると、先生はジャージを着たままの私たちに

「いつまでジャージ着てんだ。さっさと脱げ」と言った。

 

 

無言でジャージを着たまま次の練習メニューに進む私たちを「お前らここまで来い!」と呼びつけ、いつものように怒鳴り襟を掴まれた。

 

次の瞬間、その太い腕を全力で振り払った。

その行動と睨み続ける私たちに驚いたのか、少し後ずさりする先生。

 

そして「俺のやり方に従えないなら帰れ!お前らなんかいらねんだよ!」と言われたので

「はい。帰りまーす」と言ってポケットから『退部届』を手渡した。

 

 

『退部理由』の欄にはそれぞれ、

 

「いつも見られてて気持ち悪い」

「バスケができない人に教わることがない」

「ジャージ脱げしか言わない」

「セクハラおやじ」

などそれまで溜め込んでいたことを一言ずつ書いて。

 

 

呆然とそれを見ている先生を背に、私たちはカバンを持ちその場を去りました。

いつもは一年生が持って帰ることになっていたボールや道具はもちろん置いて。

呼び止められることも紙を破かれることもなく。

 

先輩たちもビックリしていて、私たちに何も言葉をかけることなくこちらを見ていたので、

「先輩、短い間でしたがお世話になりました。

もうガマンの限界なので辞めることにしました。

さようならー」と声をかけて帰りました。

 

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バスケ部は廃部に

一番人数が多かった一年生のほとんどが辞めてしまった女子バスケ部。

秋の大会が終わったあとだったと思いますが、卒業が近くなれば3年生も部活に来なくなります。

残されたのは2年生と、数名残った1年生。

 

その2年生もほとんどが退部したり学校にすら来なくなったり(理由は様々ですが)、部活に参加しているのは3~4人という状態に。

 

そしてあっという間に女子バスケ部は廃部になりました。

 

逃げることは自分を守ることでもある

当時の私の中学では先生からの暴言や暴力は日常茶飯事で当然のことでした。

度が過ぎたやり方だと他の先生が認識していたとしても、見て見ぬふり。

 

担任の先生などに相談してみたら?と思われるかも知れませんが、

私たちはバスケ部の顧問について他の先生に相談してみようだなんて言う子はいませんでした。

 

だって

先生は先生の味方であって、生徒の話を聞いてくれる人はいない。

先生の言う事が絶対で、それに生徒を力ずくで従わせる。

 

そんな中学。そんな時代でもありました。

なので自分の意思を示したり、こうした行動を起こす生徒=即、問題児扱いですよ(笑)

 

 

アホくさ……

 

 

嫌なものを嫌だと言って何が悪い?

おかしいと感じることすら問題なのか?

 

 

いやいや…

感じ方は人それぞれでしょ。

我慢して自分を押し殺して従うことが私の為にはならないはずだよ。

そっちの方が人として間違ってるよ。

 

 

中学生当時の私は、怖いと言われる先生だろうが相手を問わずハッキリ思ったことや疑問をぶつけるタイプで、思い立ったらすぐ行動。

感情は人それぞれなのだから「こう思え」「こうやれ」と言われたからって自分が納得できなきゃ従えません。

 

 

そんな私は学校の問題児として扱われてしまったんですね。

友達からは「もっと上手く立ち回りなよ」って言われたりもしました。

上手くってなんだ?大人に媚びうってウラでコソコソやれってことか?

そんなこと気持ち悪くてできねーよ。これが私だ。

 

次第に孤立していきましたね。

私とつるむと先生に目をつけられる。とか

先生から「内申点を良くつけてもらいたければアイツと付き合うな」とか

言われてたらしいです。

そんな事で簡単に友達なんて離れていくもんなんですね。

 

もちろん、中にはそれでも仲良くしてくれてた子たちもいますけどね。

なんだかんだ疎遠になって今でも連絡を取り合う友達は一人もいません。

(後に私は転校しますが、転校先での友達は今でもいます)

⇓小・中学生でこのような経験もしました。

さいごに

あのときの行動は起こして良かったと思っています。

私が感じたことは間違ってなかったし、感じ方はみんな同じじゃないんですから。

 

現在では学校での体罰禁止ですし、各学校にはスクールカウンセラーがいたりなど

こどもの声を聞いてくれるようになってきてるように思います。

 

でもまだ当時のような指導が行われているスポーツが残っているのも現実です。

それでも子供をそこへ通わせる親に話を聞くと、

・厳しい方がチームが強くなる

・ちょっとの暴言や暴力に負けない強い子になって欲しい

・子供が辞めたくないと言っている

 

などですが、

子供が殴られ吹っ飛ばされてる姿を見てるのに、そう思える精神はどうなのかと私は思います。

軍隊じゃないんだからさ…

大人に対する恐怖や殴られたくないという気持ちになったらそりゃ無理してでもがんばっちゃうよね。

本当の意味で子供の気持ち、聞いてるの?って疑問に感じてしまう。

ま、それぞれなので。私には関係ない話なんですけどね。

 

 

私はこの経験があったからか、スポーツに対して嫌悪感が強くなってしまい

これ以降は一切スポーツしない人生を送ることになります。

観戦(応援)すら全く興味がありません。

それまではスポーツ大好きだったのに。

(あ、今となってはスポーツが嫌いとかではなくて単に興味が湧かないだけですが)

 

 

子供が大人への恐怖心から無理な指導に従うというやり方は

どう考えたって間違っていると思うのです。

大勢の子供たちを一度に指導するのはとても大変なことというのはわかりますが、

大前提として、

子供にも一人一人異なった感情があるということ。

 

 

これは自分自身にも言えるのですが、

「自分だってこうやって強くなった」とか

「自分もこうやられてきた」とかは

あくまであなたの場合の話であって、誰にでも当てはまることではないのです。

異論を唱える人に対して耳を傾けることも忘れないようにしたいものです。

 

 

ぷぷる

 

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