こんにちは。ぷぷるです。

 

私は中学生~20代前半頃まで自傷行為(自分で腕などを傷付ける)をしていました。

その傷跡は20年以上経った今でも体に残っています。

 

真夏でも傷跡だらけの腕を隠せるように長袖を着ていました。

 

知らない人が見たら不快に思うんじゃないか。

身近な人なら色々考えさせてしまったら申し訳ない。と思っていたからです。

 

でも最近ではあまり気にならなくなり、(なるべく隠すけど)これも自分だと受け入れられるようになってきました。

 

当時のことは今思い出しても正直、辛い過去ではあるのですが、どのように始まりそこから習慣化していってしまったのか。

今日はそのきっかけとなった出来事や心理状態などをお話したいと思います。

 

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きっかけ

一番最初のきっかけは小学6年生の頃でした。

クラスメイトのAちゃんが私の所にやってきて、

「お姉ちゃんが持ってたマンガに、好きな人のイニシャルを腕に入れるっていうのが出てきて、それを見たBちゃんが本当にやっちゃったんだよ!」

 

ん?どういうこと?

なんでわざわざそんな痛いこと自分で自分にやるのさ?

そもそもBちゃんて〇〇君のこと、そんなに好きだったっけ?

みたいな疑問だらけの状態でひとまずAちゃんや他の友達と一緒に、Bちゃんの腕を見せてもらいに行くと。

 

うっすらと赤く、みみず腫れになったアルファベット1文字が腕にありました。

 

「痛くないの?」「血は出た?」「そんなに〇〇君のこと好きだったの?」集まったみんなで質問をぶつけました。

Bちゃんは、

 

「深く切ってないから痛くないし、赤くなるけど血も出ない。今は結構好きだよ〇〇君のこと。

すぐ消えるしみんなもやってみれば?」

 

そこから女子の間で「腕にイニシャル刻むブーム」が始まり、それをお互いに見せ合って楽しむということをしていました。

痛みはあったけど、文字を綺麗に彫れた自分に自画自賛したり見せ合ったりして、小学生最後の思い出として終わるはずでした。

 

 

今考えるとちょっとヤバイ小学生だ……。

でも当時私の学校は1クラス40人以上で4クラスあり、その半数が女子。単純計算で80人のませた小6女子がいたわけだ。

その一部の女子の間で流行した出来事など、先生や大人たちが気付くわけない……か。私の記憶にないだけで問題になっていたのかはわからない。

 

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あなたは1人で大丈夫

私は真ん中っ子で、幼い頃から母親に

「上はのんびりしてて目が離せない。下はまだまだ手がかかる。あなたは一人でなんでもできるようになってよね」と言われ続けていました。

おかげで小学校では「面倒見の良い子」「しっかりしてる子」「リーダー的な存在」そして責任感が強く、自立心が芽生えるのも早かったですが、それと同時に家でも学校でも誰にも弱音を吐けなくなりました。

 

本当は不安で誰かに手を握って欲しい時も「あなたは1人で大丈夫よね?」と言われると、

自分で自分の手を力強く握って、

 

「大丈夫。私は一人で大丈夫。」

と何度も何度も自分に言い聞かせ、不安を乗り越えました。

 

そんな出来事が数えきれないほどあり、常に「私は1人」と感じてしまっていました。

 

(はぁ…書いてて思い出して涙出て来ちゃった。辛かったね、自分。よしよし)

 

 

表面的には元気で明るくて友達もたくさんいて。

実際、小学生時代の思い出は楽しかったことの方が多いです。高熱出しても学校に行きたいと思うぐらい学校が好きでした。

 

ただこのような心の闇が生まれていた私は次第に「1人で上手くできなかった時」の自分を自分で強く責めるようになっていきます。

家ではノートにその思いを書いたり、グーで太ももを叩いたりしていました。

ウソつきばっか

少々ヤンチャな小学生時代からメンバーがほぼ変わらない状態で中学生へ。

先生は卒業間近に、

「小学校でのことは中学の先生には一切言わない。だから、一からスタートという気持ちでがんばってください」みたいな事を私たちに言いました。

 

 

しかしいざ中学生になると割と序盤に、厳しいことで有名だった先生が私たちに向けて大声でこう言い放ちます。

 

「お前らのことは全部、小学校の先生から聞いてるんだよ。いつまでも子供気分でいさせねーから覚悟しとけ」

 

 

そしてある時、クラスでいじめの問題が上がりました。

いじめを訴えた子に先生が話を聞くと何人かの名前を挙げて、その中に私の名前もあったということで、全員保健室に呼び出されました。

私は何のことやら身に覚えがなかったのですが、呼ばれたのでひとまず行きました。

 

先生は3人ぐらいいて、中に私たちが入るとドアに鍵をかけました。

保健室内の一部を囲うように道具が入った棚などが配置されていました。いつもと違う配置。なんでだ?

その囲いの中に誘導されて壁際に立たされ、3人の先生が順番に大声で怒鳴り始めます。

泣き出す子もいましたが、私はどうもよくわからない話ばかりを言われるので「いけないことをした」「申し訳ない」などという気持ちが全く湧いてこない。

 

その表情が癇に障ったのか、先生は私に対してどんどんヒートアップしていく。

すると1人の子に「誰にやれって言われたんだ?あいつか?」と私の方を見て聞く。

はぁ??言ってないし…知らないし…と思っていると、

 

「……はい」

え……??ちょっと…何言ってんの?…

 

また先生が他の子にも聞いていく。同じように答える。

最後に私の目の前に仁王立ちで怒りMAXの先生。

「お前が指示したんだなぁ?え?全部お前が悪いんだな?」

 

チラッと横を見ると泣いていたり、恐怖で引きつっている子もいる。

そうか。私が悪いってことにすればこの時間は終わるんだな…

 

 

「はい」

次の瞬間、体に衝撃が走り、うしろの壁に強くぶつかってから床に倒れ込んだ。

衝撃で息ができずに苦しくて言葉が出ない。

(これやる為に鍵かけて棚でバリケード作ってたのか…汚ねー…ちゃんと話も聞かずに…)

 

 

私のせいにした友達に腹は立ったけど、仕方ないなと思えた。

だって誰も殴られたくないもんね。

あとでみんな謝ってくれたし。

全部私が悪いってことで済む話なら、そうしたらいい。

 

それで友達を守れるなら。

(当時は家で居心地の悪さを感じてたので、友達に対する思い入れは強かった)

 

でもみんなウソつきばっか。

楽しいけど寂しい友達関係。

大人なんてもっと信用できないな。

言いなりになんてなるもんか。

 

そんな風に思っていました。

 

 

先生のことが本当に嫌になってしまった私はある日、親に言いました。

「引っ越したい。もうあの学校嫌だ。無理なら1人暮らしするからお金貸して」

 

普段自分の気持ちをあまり話さない娘に、突然こんなことを言われた親は、引っ越さなければ本当にこの子は出てってしまうんじゃないかと考えたようです。(実際、いつでも出て行けるように荷物はまとめていました)

 

 

そして中学生の途中で引っ越しと転校を経験するのですが。

 

※今から20年以上前の話です。当時は教師からの体罰が当たり前のように学校で行われており、親も先生も「子供は大人の言われた通りにするものだ」という考えが普通でした。そこに反発する子供は、力でねじ伏せられる。これを子供側も覚悟の上で様々なことをしていた時代です。

あなたはダメな子

最初はなじもうとがんばりますが、転校先の学校ではうまくいきません。

確か1クラス40人前後で1学年7~8クラスあったと思います。

 

 

でも仲の良い子もできました。

その子は見た目のことで陰口を言われて、私が転校して来た時には既にクラスのほとんどの人からハブられてる状態でした。

 

「私と仲良くするとハブられちゃうよ」

「別にそんなん関係ない。友達は自分で選ぶ」

 

私はその子の可愛さを最大限に活かすメイクや服装などを勧めて、その子はもっと可愛くなりました。

そしたら2人してハブられました(笑)

 

 

学校にもあまり行かなくなり髪を金髪に染めて。

毎朝起こしに来る母親からは

「なんで学校行かないのよ!」

「なんでこんなんなっちゃったのよ!」

「あんたが引っ越したいって言うから引っ越したのに、どう責任取るのよ!」

 

泣き叫びながら布団越しに体を叩かれ、毎朝こんなようなこと言われました。

責任って言ったって…その前に私の話を聞いてよ。

 

でも自分の感情をぶちまけるのに精一杯な母は、私の話なんて聞く余裕はありません。

母が落ち着いた頃に

「ねぇ、ちゃんと私の話聞いて欲しいんだけど」って冷静に歩み寄っても、泣いて自分の悲しみばかりをぶつけてくるばかりで、全く会話になりません。

 

 

この人ダメだ……

親を親として見れなくなってしまい、完全に閉店ガラガラ。心のシャッターをガシャンと閉じてしまいました。

 

 

当時きっと母親も知らない土地に来て、3人の子供を育てて大変だったと思います。

年齢的に更年期の影響もあっただろうし。

 

私はテレビもない自室(当時は携帯もパソコンもまだない)にこもり、好きな音楽を聴いたりマンガや本を読んだり。

ノートにその時感じた言葉や、絵を描いたり。

親が家にいない時はリビングに行ってテレビを見たり。

夕方になるとフラフラと遊びに出かける。

 

 

そしてこの頃、全ては自分が悪いんだ。という思いが強くなっていき、自傷行為が始まります。

 

「ごめんなさい。痛い思いをするので許して下さい。ごめんなさい…」

 

そう言って泣きながら自分を傷付ける事で、気持ちが少し楽になっていました。

今の私が言えること

自分を傷付けるなんて良くない。

そんなの当然わかってます。

わかっててもそうするしか当時は、外側(オモテ)の自分を保てなかった。

 

 

弱みを見せたくない。

だけど本当はすごく孤独で。

順調に流れて行かないのは自分のせい。

こんな風に感じていて。

今はそうは思いませんが当時はそれが全てだと思っていました。

 

 

今、私が当時の私に会えたならまず

「大丈夫。1人じゃないよ」

って抱きしめてあげたい。

 

 

それから、

「1999年に地球滅亡しないよ」って(笑)

これについて詳しくはこちら⇓でどうぞ。

 

 

 

ぷぷる

 

 

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